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バンコク便り

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第2回 「華僑報徳善堂の本部隊員 前編」

報徳堂のレスキュー部門は3部署

 今回は華僑報徳善堂の本部におけるレスキュー隊員について紹介したい。
 報徳堂本部の中で救護関係に携わるのは全部で3部署ある。経理やラジオセンター(関係者専用の無線基地)、ボランティア課など様々な部署があるが、報徳堂の主力はなんといってもレスキュー関連の部門になる。
 報徳堂は基本的に一般市民からの寄付や支援で運営されている。レスキュー部門の活躍こそが一般市民の目に最も留まる活動であり、これにより寄付金の集まり方が変わってくるとされる。
 正直に言えば報徳堂などへの寄付金は税金控除の対象になるので、節税のために寄付をする富裕層も少なくはないのだが。

ボランティア隊員とイベントの準備をする救急車隊員
ボランティア隊員とイベントの準備をする救急車隊員


最も出動件数が多いのが警察支援部隊

 レスキュー部門の正規隊員の中で、活躍が最も一般の方の目に留まるのは黄色い制服を着た警察支援部隊だ。彼らは交通事故や殺人事件など、警察の管轄下に発生した事案の業務をこなす。けが人がいれば手当をして病院に運び、殺人事件が起きれば現場保存の補助や検証写真の撮影をする。

過労死(?)の現場で遺体の写真を撮影する警察支援部隊隊員
過労死(?)の現場で遺体の写真を撮影する警察支援部隊隊員

 僕のようなボランティア隊員とほぼ同じ仕事をしているのがこの警察支援部隊だが、ボランティアと大きく違うのは死体の搬送業務があることだ。ボランティアは事件の証拠ともなる死体の搬送は許されていない。
 ちなみに、報徳堂では市民の葬儀の際に依頼があれば霊柩車の役割も果たす。この場合もボランティアが死体を搬送することはできず、警察支援部隊が行っている。

警察支援部隊の車で搬送を待つ交通事故のけが人
警察支援部隊の車で搬送を待つ交通事故のけが人


エリート集団の救急車部隊

 最新医療機器を搭載した救急車部隊は白いユニフォームを身に纏う隠れたエリート集団だ。
 というのは、報徳堂などのレスキュー隊は数年に1回しか正規隊員の募集がなく、数十倍の競争率となる。仏教信仰が身に染みついているタイ人は善行をしたがる傾向にあり、金をもらいながら功徳となる報徳堂の仕事は非常に人気が高いのだ。
 入隊後は過酷な応急措置訓練や潜水訓練を行う。これらをクリアすると警察支援部門か次回紹介する花形のレスキュー部門に配属される。希望してもすぐには救急車部隊には入れない。規定の実務経験を積んでからでないと搭乗資格を得られないのだ。それほど、白いユニフォームを着るのは難しい。
 報徳堂の救急車の任務は傷病者の搬送がメインだが、特に警察支援部隊やボランティア隊の装備では処置できない重傷者への対応でその力を発揮している。
 ボランティア隊員がこう言ってはいけないかもしれないが、この白いユニフォームの人たちがやってきたら、けが人も安心してくれていいでしょう。

救急車の装備は常に最新のもの(写真は数年前のもの)
救急車の装備は常に最新のもの(写真は数年前のもの)

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  1. 2014/08/19(火) 23:03:24|
  2. 報徳堂
  3. | コメント:0

第1回 「華僑報徳善堂の歴史」

 タイの救急救命を担う慈善団体「華僑報徳善堂」はポーテクトゥングと呼ばれ、タイ国内において同様の団体が大小数十ある中、最も長い歴史を誇る。名称の通り、タイに暮らす中華系住民たちが立ち上げた団体で、タイ語の読みは省略した「報徳堂」の中国語発音をそのままタイ語表記にしている。
 報徳堂に強い興味を持ち、気がつけば在タイ年数が12年を超えた。そして、憧れの報徳堂のユニフォームの袖に腕を通してから、今年で10年を迎えようとしている。そんな僕が、この「バンコク便り」の中で日本人にはあまりよく知られていない報徳堂について紹介しながら、現代タイ人の生の姿を書いていきたい。


創立100年を超える報徳堂

 報徳堂は2010年に創立100周年を迎えた。
「この華僑報徳善堂の由来については、1896年に華僑の馬潤が、郷土である広東の潮陽県からバンコクのチャイナタウンへ宋大峰祖師金身塑像を持ち運び廊に納めたことが始まりである。(中略)それゆえ、1910年には、同じく華僑の鄭智勇をはじめとする12名の華僑有志により、社会慈善福利事業の全面的な開拓を目的に慈善団体として本格的に報徳堂(現華僑報徳善堂)を設立したのである」(引用:中山三照著「公的補助金に依存しない社会事業の実現」トレンドライフ発行)
 宋大峰祖師は1120年頃に広東省潮陽県で災害に苦しむ人々を助けた僧侶として知られている。現在も報徳堂本部の寺院にこの像が祀られている。

バンコクの中華街、ヤワラーにある報徳堂本部
バンコクの中華街、ヤワラーにある報徳堂本部

 設立当初の活動はリアカーを引き、行き倒れや引き取り手のない遺体を回収し埋葬することだった。その後、1937年に慈善団体としてタイ政府に認可され、タイ人で知らない人はいない、大きな組織へと発展した。遺体回収活動も徐々にEMS(救急医療サービス)などに変わっていき、現在の形になった。

設立当初のリヤカーの写真(報徳堂ホームページから)
設立当初のリヤカーの写真(報徳堂ホームページから)


多岐に渡る報徳堂の活動

 報徳堂の活動はレスキュー活動がクローズアップされるが、実はそれだけではない。
 タイ国内災害地へのレスキュー隊派遣はもちろんのこと、バンコクで救援物資を受け付け、被災地へ輸送・配布も行う。2004年12月にスマトラ島沖地震により発生したプーケットなどの津波や、2011年のアユタヤなどからバンコクにかけて被害が出た洪水にもすぐに行動を起こしている。
 こういった災害への対応はタイ国内にとどまらない。2011年3月の東日本大震災の際に500万バーツを日本大使館へ寄付し、ハイチ地震などでも素早く募金活動などを行った。
 それから、タイ国内、主にバンコク近郊の低所得者のための寄付も定期的に行われている。米や生活用品などを報徳堂で購入もしくは寄付してもらい、それらを無償で配布している。
 このような広範囲に渡った「人助け」全般を報徳堂は行っている。
 元々の活動であった身寄りのない遺体の引き取りは行ってはいるが、住居登録証(日本の住民票に当たるもの)がオンライン化され、そもそも身寄りのない遺体というものはほぼなくなっているため、規模は縮小している。

スティサンでの傷害事件。棒で殴られた負傷者の応急処置をするボランティア隊員
スティサンでの傷害事件。棒で殴られた負傷者の応急処置をするボランティア隊員

在タイ華僑のアイデンティティー確保のための活動

 報徳堂は華僑病院(フアチアオ病院)という総合病院も経営している。一般的な西洋医学を中心にしながら、中国伝統医学にも力を入れ、ナコンラチャシマー県などに支店を出すに至っている。
 それから報徳堂が運営する華僑崇聖大学(フアチアオ・チャルームプラキアップ大学)がスワナプーム国際空港の近くにある。中国語や中国伝統医学の学科がよく知られている。
 このように報徳堂は中華系移民がタイ社会に溶け込みながら、子孫に故郷のアイデンティティーを守ってもらいたいという目的も持っているとされる。報徳堂設立当初、華僑の地位は現代ほど高くなかった。肉体労働者の多くが中国から渡ってきた人々だったため、タイ人(ここでは人種としてのタイ人)は華僑を下に見る傾向にあった。そこに登場した報徳堂が在タイ華僑を認めてもらう努力をし、結束することで自分たちを守ってきたのだ。
 これが報徳堂の成り立ちである。現在は役員こそ中国名を持った中華系タイ人であるが、職員やボランティアはタイ族が圧倒的に多い。タイ社会に認められるというひとつの目的は果たせているようだ。

  1. 2014/08/01(金) 00:40:23|
  2. 報徳堂
  3. | コメント:0

プロフィール

bangkokdayori

Author:bangkokdayori
●プロフィール
高田胤臣(たかだ たねおみ)
タイ在住ライター
報徳堂ボランティア隊ホアイクワン005

1977年東京生まれ
1998年初訪タイ。その後旅行で何度かタイを訪れ、2000年から1年間、ユニオン・ランゲージスクールに語学留学
2002年9月からバンコク在住
2004年11月から華僑報徳善堂にボランティア隊員として参加
2011年2月に彩図社より「バンコク 裏の歩き方』(皿井タレー共著)、2012年8月に同社より「東南アジア 裏の歩き方」を出版
現在はバンコクに編集部がある月刊総合誌「Gダイアリー」に複数の連載やほぼ毎月特集記事を、ウェブサイト「日刊SPA!」やバンコクの無料誌「DACO」にて不定期で執筆中

http://nature-neneam.boo.jp/

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