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バンコク便り

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第13回「報徳堂ボランティア隊員の新規募集、更新」

登録制で管理されるようになった

 報徳堂のアーサー(ボランティア隊員)の募集・更新が6月に行なわれ、締め切られた。今回は2559年度(2016年)の募集だった。
 本来は募集は1年単位のはずなのだが、のんびりしているのか、アーサーを統括する部署が数名しかいないのに数千人の隊員を抱えているからなのか、正式隊員証が配布されるのが募集翌年になるため、実質2年から3年ごとの募集になる。今年も2559年分と言いながらも発行は来年末になりそうなので、実際には2560年分+1年くらいの有効期限になるのかと思う。
 僕がアーサーになったのは2004年の12月だ。ちょうどプーケットの津波直前に認められた。当時勤めていた無料日本字誌の取材で2日間ほど報徳堂に同行し、役員の名刺を手に入れ、後日、ひとりで本部に行き隊員にしてくれと頼み込んだ。それがきっかけで今の隊長を紹介されて、晴れて念願のアーサーになった。
 あのころは本当に適当だった。そもそも隊長クラスだけしか本部公認とされておらず、形式だけ存在していた出勤簿には予備隊員という肩書きでサインをしていた。要するに、入れてと言えば誰でもアーサーになれた時代だった。
 とはいえ、隊員数も膨れあがれば悪いことをする輩も現れる。本部からは持ち物の検査などは人前で行うように指導され、よく聞かれる「隊員が死傷者の金品を盗む」という噂に徹底的に対応していた。僕自身の活動の中で実際に窃盗をするようなアーサーは見たことがない。しかし、窃盗こそなくても、緊急走行中に事故を起こすアーサーもいたり、社会的に本部の管理手法を問われるようになってしまう。
 そのため、2006年に登録制となった。活動中の事故はまだ正式アーサーであればいいが、ときには勝手に制服を作っただけで未登録の幽霊アーサーが事故を起こすと処理が大変なことになる。事実上は本部は無関係だが、被害者は制服を見て報徳堂だと思っているし、下手な対応は活動資金である寄付金獲得へも悪影響をおよぼす。
 その対策のひとつとして、一時期は制服の自作を禁止し、報徳堂本部が特注の布で制服を支給した。まあ、これは経費のかかりすぎで、たった1回で終了したけれども。

2006年、本部で登録する新人アーサーたち
2006年、本部で登録する新人アーサーたち。

もはやレア状態の、本部支給の制服
もはやレア状態の、本部支給の制服。

支給制服のロゴはワッペンではなく刺繍
支給制服のロゴはワッペンではなく刺繍。


001番と知り合いにならなければアーサーになれない

 登録は本部で行われる。更新の場合は代表者が書類を本部に届ければ済む。
 登録制になってから、基本的には誰でもアーサーになれるわけではなくなった。登録に当たっては各管轄の隊長である001番のアーサーに認められることが先になったからだ。活動の責任者である001が信用できない人物は入隊させないというのは当然の権利である。
 そのため、001の責任下で各管轄における活動の細かい方針はチーム単位で決められている。アーサーに割り当てられる番号も、それぞれの管轄のリストの空きを001番が割り振っていくので、いきなり本部に入れてくれと行っても対応できない。
 ちなみに僕は、最初にもらった番号はホワイクワン010だった。ホワイクワン署の管轄で活動する9番目の隊員ということだ。009はタイ人にとってのラッキーナンバーで
ケンカになるので存在しない。また、当時はひとチームがせいぜい10人だったので、要は下っ端という扱いだった。ただ、この番号には大きな問題があった。010はタイ語で「スーン・ヌング・スーン」なのだが、無線で告げると「スーン・ヌング・ソーン」に聞こえるようで、よく「012?」と聞き返された。そのため、2回目のときに変えてくれと隊長に頼み込み、やってきた番号が012だった。なんの問題解決になっていない。そして、不遇の6年を過ごしたのち、再度頼み込んで今はホワイクワン005になっている。

特注の布には報徳堂とプリントされている
特注の布には報徳堂とプリントされている。厚手の布なので、着ていて暑いという難がある。

支給制服のバッグ
支給制服のバッグ。善の字が赤いのは、本部の本堂にいるおじいちゃんに判をお守り代わりに押してもらうのだが、その朱の色がついている。


今年はさらに厳しくなったアーサーの登録

 誰でもアーサーになれるわけではない点は、今年さらに厳しくなった。
 前回、と言ってももう3年以上前のときは、新規入隊者は規定の応急処置訓練を修了していなければならなくなった。その件は第5回目に書いているのでそちらを参照にしてほしい。
 そして、今年の募集では警察や公安が発行する「無犯罪証明書」の提出が義務づけられた。実は、数ヶ月前に地方の報徳堂アーサーがなにか事件を起こした。傷害事件だったか、窃盗だったか、ひき逃げだかは憶えていない。タイ在住の日本人にその書類の取得は非常に難しく、更新ができないかもしれないというショックで、隊長の説明を聞き逃したからだ。
 タイ人の場合、最寄りの警察署に行けばささっと確認して書類をもらえる。タイは出生届を出すと国民番号が割り当てられ、すべてがオンライン化された今はどこでも簡単に経歴を確認できるからだ。
 日本人の場合は日本で申請するか、在タイ日本大使館に申請の代行をお願いしなければならない。しかし、いずれにせよ発行を要請する事由を明確に書いたレターを持参する必要があって、そのノウハウは報徳堂にはない。ちなみに、日本人がタイ関係でその書類を申請するケースとしては年金ビザやロングステイビザの取得のためというのが大半かと思う。なので、報徳堂の要請で大使館が対応するのかも不明だった。
 レターは自分で書いて、報徳堂に発行させる方向で動くことになったのだが、実はその話が出てきた6月は日本に滞在していたので、なかなか対応できなかった。
 もう僕のアーサー人生も終わりか。
 そう思ってタイに戻り隊長に連絡したところ、日本に行っている間に本部と交渉をしてくれ、もう10年もアーサーをやっているし、外国人だから特別に、ということで僕だけ特例の「無犯罪証明書」なしでの更新が可能になった。うちの隊長は口がムチャクチャ悪くて、よくタイ人アーサーもケンカして除隊していくのだが、このように面倒見は実はよかったりする。
 というわけで、ひとまず更新は完了し、少なくともあと数年はアーサーでいられそうだ。あとは隊員証がいつ来るのか。それを待つばかり。

入隊当初に作った制服
入隊当初に作った制服。紺色のシャツ、ワッペンを自分で別々に購入し、仕立屋で作ってもらう。

仕立屋の中には報徳堂のロゴを刺繍できる店も
仕立屋の中には報徳堂のロゴを刺繍できる店もあり、そこでみんな作っていた。

名前をわざわざ英字にしてくれた
名前をわざわざ英字にしてくれたおかげで、初対面の人からよく「なぜアーサーに?」と質問攻めに遭うようになった。

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  1. 2015/07/06(月) 23:21:09|
  2. 報徳堂
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プロフィール

bangkokdayori

Author:bangkokdayori
●プロフィール
高田胤臣(たかだ たねおみ)
タイ在住ライター
報徳堂ボランティア隊ホアイクワン005

1977年東京生まれ
1998年初訪タイ。その後旅行で何度かタイを訪れ、2000年から1年間、ユニオン・ランゲージスクールに語学留学
2002年9月からバンコク在住
2004年11月から華僑報徳善堂にボランティア隊員として参加
2011年2月に彩図社より「バンコク 裏の歩き方』(皿井タレー共著)、2012年8月に同社より「東南アジア 裏の歩き方」を出版
現在はバンコクに編集部がある月刊総合誌「Gダイアリー」に複数の連載やほぼ毎月特集記事を、ウェブサイト「日刊SPA!」やバンコクの無料誌「DACO」にて不定期で執筆中

http://nature-neneam.boo.jp/

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