バンコク便り

第23回「タイ最大の護符刺青の祭りで警護をする報徳堂」

ボランティアは民間の行事にも駆り出される

 報徳堂のボランティア隊員は日夜管轄地域で救急救命活動をするだけでなく、本部の行事やチーム関係者の故郷のイベント、民間に依頼されたときの警護なども担当する。むしろ、本部隊員よりも活動範囲は広いかもしれない。これもまた普段の活動と同じで、一切の謝礼はなく、ボランティアたちのポケットマネーで行動する。
 今回報徳堂のボランティアが駆り出されたのは、護符刺青「サックヤン」に関係したタイ最大の祭りだった。ただ、僕の所属するチームではなく、取材で行った先で見かけたのだが。
 場所はナコンパトム県内、バンコクから西に60キロ程度の距離にあるワット・バーンプラ(バーンプラ寺院)だった。ここはタイで最も有名なタイ仏教の護符刺青の寺だ。サックヤンはチェンマイに王朝があったころからあると言われ、現代タイ人が首からさげる仏像型のお守り「プラクルアン」を作る技術がなかったころ、兵士や警察官が僧侶に経文などを身体に彫ってもらったことが始まりだとされる。
 ワット・バーンプラ自体も今でこそサックヤンで有名な寺だが、建立は1677年ごろ、アユタヤ王朝時代だと言われる。タイの寺院はほとんどが誰がなんの目的で建てたかが明確にわかっている。しかし、この寺院はその資料が一切ないため、いつ、誰が、なぜ作ったのかがわかっていない。
 このサックヤンの祭りは正式には「ワイクルー・ルアンポープン」という。ワイクルーは師への感謝を表する儀式のことで、必ずしも僧侶に対するものではない。学校の教師に対するワイクルーという行事もあるし、ムエタイの試合前に選手が踊る舞もワイクルーだ。
ルアンポープンとは1975年ごろからこの寺院で住職をしていたプラウドムプラチャーナート師のことだ。2002年6月に亡くなったが、亡骸は本堂に安置され、今でもたくさんの信者が日々訪れる。ワイクルー・ルアンポープンはルアンポープンを信奉する人々が集まって、祈るための儀式だ。
そんな信者がここでサックヤンを彫り、ワイクルーがいつの間にかサックヤンに関係した奇祭として見られるようになった。参列するタイ人にとってはあくまでもワイクルーとして神聖な儀式であるのだが、部外者からは変な祭りにしか見えない。それはなぜなのか。本儀式が始まるまでの一部の参列者の奇行が目立つからだ。

信者を受け止めるボランティアたち
突進してきた信者を受け止める報徳堂のボランティアたち。

コツがあるようだ
耳を引っ張ると抜けて行くようだが、コツがあるようでもある。

キャッチしているが、その先からも何人もの人が
信者をキャッチしているが、その先からも何人もの人が走ってくる。


サックヤンのワイクルーが奇祭にしか見えないわけとは

 今年のワイクルーは3月11日に行われた。毎年3月の第1か第2土曜日に開催され、当日の朝9時に本儀式として祈りが捧げられ、解散となる。メディア発表では今年は2万人以上が集まったようだ。
 熱烈な信者は前夜から来て、身体に新たにサックヤンを彫ったり、場所取りをして過ごす。食事は別の信者が無料で配布するので、金もかからない。一部の食事は売られるが、9割の飲食屋台は無料だ。ちなみにワイクルーのオリジナルTシャツが毎年作られ、それは300バーツ(約900円)で販売される。去年、僕はこれで詐欺に遭ってしまった。シャツの代金を渡したのに、その男が逃げてしまったのだ。顔つきは悪そうで街中の店なら絶対に金を渡さなかった。まさか寺院の敷地内で人を騙すなんて思いもしなかった。タイに関わってもう20年くらいになるのに、こんなこともあるんだなと、逆に怒りもないのだけれど。
 場所取りをして会場に座り込んだ数千人の一部の人は、夜が明けてくると神が降臨し、暴れ出す。これが奇祭に見えてしまう原因になる。
 降りてくるのはハヌマーン(サルのような容姿の神)やルーシー(老師)、トラなどだ。突然唸り、震え、立ち上がったかと思うとそれら神々の特徴的な動きを見せながら会場正面のルアンポープン師の像に突進していく。奇声を上げ、座っている人や歩いている人に構わず全速力で突っ込んでくるので危険極まりない。転倒や衝突は頻繁に起こる。
 通常時はひとりふたりが暴れ出すくらいなのだが、タイミングが合ってしまうと数十人から100人以上が一斉に立ち上がり、走り出す。近年のハリウッド映画で見られる、全速力で走ってくるゾンビのような恐さがある。撮影をしていて僕自身も何回も体当たりを喰らった。かすり傷くらいなら毎度のことだ。
 ただ、不思議なのは数千人いても全員に神が降りるわけではないことだ。小一時間見ているとわかってくるのは、降りてくるのはいつも決まった人になる。ほとんどが男性で、毎年女性が暴れることは滅多になかった。今年はなぜか女性で暴れ出した人が見える範囲でも6人はいて、多いと感じた。
入りやすいのか、そうでないのか。あるいは信じやすいのか、そうでないのか。端から見ると悪ふざけにも見えるのだが、信者にとっては神聖な儀式であるし、実際に降臨された人はその瞬間のことを憶えていない。彼らにとっては本当に神に身体を乗っ取られていて、気がついたらルアンポープン像の前にいたと証言する。

体格のいい人が走ってくると危ない
ハヌマーンはスピードがあり、体格のいい人が走ってくると危ない。

軍の人がキャッチしてくれて助かった
こちらに向かってダイブする信者。軍の人がキャッチしてくれて助かった。

今年は女性も少なくなかった
今年のワイクルーは女性で入ってしまう人も少なくなかった。


報徳堂ボランティアが50人以上駆り出されているわけ

 神が降臨し、ルアンポープン師の像へと突進した彼らはその後どうなるのか。ハヌマーンは特に活発な動きをするので、全速力で像に向かっていく。老師はゆっくりだし、トラは這っていくので驚異ではない。危ないのはハヌマーンだ。
 彼らは像まで突進していくが、像の前には軍の兵士や報徳堂のボランティアたちが待ち構え、像に体当たりしないようにガードしている。信者が錯乱状態で来たら、みんなで受け止め、興奮状態を沈めてあげる役割を担う。
 神が入りトランス状態になった彼らはどういうわけか、持ち上げられ踏んばりが利かない状態にされたあとに耳を引っ張られると抜けていく。すると、我に返り、ちょっと恥ずかしげな顔をする者もいれば、興奮が冷めやらず荒い息を吐きながら元いた場所に戻っていく者もいる。
 これが数人程度が走ってくる分には問題ないが、数十人以上が一斉に向かってくると大変だ。しかし、受け止める側は随分と慣れたもので、あっという間に神を抜き、信者をリリースしていく。興奮状態が中途半端だったり、途中で転倒するとその周囲にいる落ち着いた者が耳を引っ張ってあげたりするのだが、一般の信者たちだと不思議となかなか抜けていかない。違いはよくわからないが、報徳堂のボランティアたちは手慣れたものだった。
 ボランティアたちは地元の人なのかと思ったが、聞いてみればミンブリなどのバンコクから来ている人たちだった。いくつかの報徳堂チームが派遣されてきたようだったが、暑い中、紺色の制服で大変だったろう。水や食事は無料とはいえ、普段の救護活動よりきつかったのではないか。寺院からバンコクまでの道は半分が田舎の一本道になる。行きこそ1時間程度で来られるが、バンコクへの帰り道は2万人が一斉に帰るので、3時間はかかってしまう。ご苦労様と労ってあげたい。でも、おもしろそうなので、来年は僕も受け止める側で参加してみたいと思っている。

オリジナルシャツで参加するボランティアもいた
あまりの暑さもあってか、正式なボランティアの紺色制服ではなく、オリジナルシャツで参加するボランティアもいた。

周りも最早見向きもしない
たくさんの人に入り込むので、周りも最早見向きもしない。

この小屋の下にルアンポープン像がある
このサーラー(小屋)の下にルアンポープン像がある。

老師が入った場合は速度が遅い

老師が入った場合は速度が遅いので問題ない。

スポンサーサイト
  1. 2017/03/13(月) 16:17:51|
  2. 報徳堂
  3. | コメント:0
<<第24回「プライバシーを守ることを重要視している本部と隊員の意識」 | ホーム | 第22回「なぜか被害者が立ち去った事故現場」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

bangkokdayori

Author:bangkokdayori
●プロフィール
高田胤臣(たかだ たねおみ)
タイ在住ライター
報徳堂ボランティア隊ホアイクワン005

1977年東京生まれ
1998年初訪タイ。その後旅行で何度かタイを訪れ、2000年から1年間、ユニオン・ランゲージスクールに語学留学
2002年9月からバンコク在住
2004年11月から華僑報徳善堂にボランティア隊員として参加
2011年2月に彩図社より「バンコク 裏の歩き方』(皿井タレー共著)、2012年8月に同社より「東南アジア 裏の歩き方」を出版
現在はバンコクに編集部がある月刊総合誌「Gダイアリー」に複数の連載やほぼ毎月特集記事を、ウェブサイト「日刊SPA!」やバンコクの無料誌「DACO」にて不定期で執筆中

http://nature-neneam.boo.jp/

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (0)
報徳堂 (23)
タイ国王陛下 (1)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR