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バンコク便り

第28回「実はいろいろあって、バンコクの報徳堂を辞めた」

12年も所属していたチームを離れた理由

 2004年12月から所属していたホワイクワンのチームを離脱した。
 というのは、自宅がバンコクの隣県サムットプラカンにあるからだ。すでに10年もここに住んでいる。もしバンコクの北西側で隣接するノンタブリー県であれば距離的にはまだ近かったのだが、サムットプラカンは日本なら位置的に川崎に当たる。ホワイクワンは東京の足立区、あるいは北区だろうか。つまり、担当日ごとに通うのは遠くてしんどいのだ。
 同時に、報徳堂の本部内にマスコミ関係者向けのボランティアチームが組織された。本当はそこに移籍したいのだが、本部側がホワイクワンチームの隊長の立場を気遣って、ダイレクトに入れてくれなかった。
 タイ人は南国特有ののんびりした性格ではあるものの、人間関係の機微は東南アジアではトップクラスにシビアだ。だから、いろいろな問題を起こしたくないという事情から、高田を直で受け入れると大変なことになると判断されたのだ。
 そんなことになっていたので、第20回と第22回で紹介したサラブリー県の報徳堂にいる日本人隊員、湧上和彦氏に相談したところ、とりあえずサラブリのチームに移籍し、次の更新時に本部に入ればいいのでは? ということになった。
 他県の報徳堂はいわばフランチャイズのようなもの。サラブリーに入るのはイコールほかの慈善団体に入ることと同じ。しかし、サラブリーから本部に戻るのは同一の慈善団体扱いという、なんとも奇妙な関係性があり、その方法を利用することになったのだ。
 というわけで、先日隊員証が新規に発行され、登録上はサラブリー県の本部付けになっている。
 もうひとつサラブリーに入ることには大きなメリットがある。
 今、タイは発展してきたことで、昔は人気のあったクライムマガジンと呼ばれる死体の写真を大量に掲載してた雑誌が敬遠されるようになった。2008年前後には大手新聞やテレビニュースでも同様に死体の映像などは出なくなっている。さすがのタイでも被害者のプライバシーや尊厳に留意するようになったのだ。
 これに伴って報徳堂はマスコミ関係者に撮影は細心の注意を払うよう――特に被害者の撮影はしないように協力を呼びかけている。ボランティアらに同行取材するときも必ず本部に取材許可を求める必要がある。このブログも開始当初に本部に申請し、許可されているものだ。それくらい取材は面倒になってきている。
 本部のマスコミチームなら隊員証の発行が同時に取材許可になる。しかし、まだ僕はそこに入れない。そこでサラブリーに入ることで、本部が小さく小回りが利くため、電話一本で取材許可が取れるというメリットがある。

まだ入隊して1年2年くらい
2006年のころ。まだ入隊して1年2年くらいのころ。

2007年ごろ
2007年ごろ。ボランティアは辞める人も多く、この写真の中でホワイクワンに残っているのはたったひとりしかいない。

以前は更新は本部でサインを行なった
以前は更新は本部でサインを行った。今はボランティアが増えたので、各チームがまとめて提出する。


ホワイクワンで得たものはスラング

 2004年から実質的には2016年まで所属していたホワイクワンだ。12年である。普通の旅行者や滞在者では体験できないこともいっぱいあった。陸軍の施設で匍匐前進をしたり、無縁仏の墓を開けて骨を片づけたり、タイ人のキャンプに一緒に行ったりなど思い出が多い。
 その中で特に印象に残っているというか、反省しなければならないと思うのは、わりと男性のタイ語に慣れていないということを痛感したことだ。結婚前は夜遊び三昧で、そんなときに知り合いになったのは当然タイ人女性である。また、会社に入って何年か現地採用として働いたが、タイは女性の社会進出率が高いので、社内でも客先でもほとんどがタイ人だった。
 もちろん客先にタイ人男性もいるのだが、若い人はエンジニアが多いし、部材商社の営業担当と話をするのはそれなりに決定権がある役職にいる人になる。そうなると、そこそこに年輩になるし、その世代の会社員は富裕層に近い、つまり育ちのいい人物になる。そういった人は遣う言葉が違う。むしろ、外国人が勉強するタイ語に近いのだ。
 タイ語は単語の変化がないので憶えやすい。例えば魚醤の「ナムプラー」は直訳すれば魚の水という意味になる。ナーム=水、プラー=魚だ。物の名前をひとつ憶えるだけで、いくつもの単語を覚えられるメリットがある。
 一方で、変化しないことによって日本語の敬語のように場面によって言葉が違ってくるという大変さもある。要するに、話し言葉、書き言葉、それらの言葉がさらに友人同士、目上の人などによって違ってくる。食べるは一般的には「ギン」だが、丁寧な言葉だと「ターン」、さらに丁寧にすると「ラッププラターン」などまったく違う言葉になるのだ。
 報徳堂は中流階級より下のごく普通の市民たちであるが、やっぱり男ばかりの集団だ。そのため、会話はスラングが中心になる。隊長などとは当然丁寧に話すが、仲間同士の言葉遣いはかなり乱暴だ。
 教科書通りの発音ならいいのだが、スラングは結構難しい。まず早い。そして、声が女性より低いので聞き取りにくい。10年以上所属したが、結局いまだ80%も理解できていないと思う。
 しかしながら、長くいればそれなりに単語は憶える。あまり使い道はないが、親しい友人との会話の中でジョークとして急にスラングを1単語だけ放り込むとどっと笑いが起きるなど、重宝できる面もなくはない。ただ、妻にジョークでスラングは遣えない。思いっきりひっぱたかれるからだ。

チーム別サッカー大会
チーム別サッカー大会。わざわざ旗まで作る凝りようだった。

こうしてスラングを叩き込まれていく
待機中はこんな風に喋る。こうしてスラングを叩き込まれていく。

タイのTV取材も多いチームだった
タイのTV取材も多いチームだった。僕を特集したコーナーを設けたニュース番組もあった。


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プロフィール

bangkokdayori

Author:bangkokdayori
●プロフィール
高田胤臣(たかだ たねおみ)
タイ在住ライター
報徳堂ボランティア隊ホアイクワン005

1977年東京生まれ
1998年初訪タイ。その後旅行で何度かタイを訪れ、2000年から1年間、ユニオン・ランゲージスクールに語学留学
2002年9月からバンコク在住
2004年11月から華僑報徳善堂にボランティア隊員として参加
2011年2月に彩図社より「バンコク 裏の歩き方』(皿井タレー共著)、2012年8月に同社より「東南アジア 裏の歩き方」を出版
現在はバンコクに編集部がある月刊総合誌「Gダイアリー」に複数の連載やほぼ毎月特集記事を、ウェブサイト「日刊SPA!」やバンコクの無料誌「DACO」にて不定期で執筆中

http://nature-neneam.boo.jp/

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