バンコク便り

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第6回 「交通事故の現場」

車内に閉じ込められていた遺体は……

 ある日の深夜。四輪駆動車が猛スピードで走行中、ハンドル操作を誤ったのか歩道の縁石に乗り上げた。車は勢いよく何回転か、もしくは半回転だけしたところで、そこにあった木に激突し、地面に墜落した。
 現場の傷痕からその事故の経緯はそんなところかと思われた。

赤丸の部分に衝突痕があった。
赤丸の部分に衝突痕があった。

 車内には即死した若者がうつぶせに横たわっている。大破した車から遺体を運び出す術は現場に最初に到着したボランティア隊員たちにはなかった。屋根が完全にひしゃげ、遺体は車内に挟まれた状態だった。
 昼間のバンコクは渋滞が多く、高速走行できないのでこういった事故は少ない。しかし、郊外や夜間のバンコクは高速走行での無謀運転で稀に車内に閉じ込められるような事故も起こる。通報時点でそれがわかっている場合、無線での出動要請時には必ずその趣旨が伝えられる。車内に取り残された要救助者を搬出するのは特別な技術と機材が必要だからだ。特に今回の事故のように大破した車から搬出する場合は本部で所有する特別救護車(第3回の写真を参照)に搭載されている、エアコンプレッサーで作動するカッターなどを使わなければならない。
 このケースでは車の屋根が押しつぶされた状態だったので、まずは車体と屋根の隙間を機材で押し開く。それからカッターでドアや車体ボディ、フレームを切断してこじ開けた。
 そして遺体は引きずり出されたのだったが、うつぶせで挟まっていたと思っていた遺体は仰向けだった。外から見えていたのは遺体の頭で、角度から見て我々はうつぶせだと思っていたのだ。しかし、実際には彼の首はぐるりと回転して、ありえない方向を向いていたことになる。つまり、首の骨が折れていたのだ。

大破した車などを切断する機具。
大破した車などを切断する機具。

司法解剖室の入り口。
司法解剖は伊勢丹が入居するセントラル・ワールド向かいの警察本部内にある司法解剖室で行われる。写真はその解剖室の入り口。


死体の現場は監察医を待つ

 バンコクでは交通事故であれ殺人事件であれ、死体があるときは監察医(検死官)が現場に来て死体検分をする。ここで不可解な点があると司法解剖に回されることもある。事件は警察管轄下とはいえ、警官たちも監察医の到着まで死体に触れない。
 僕がボランティア隊員になって10年。いくつかの現場で死体に遭遇してきたが、監察医をひとりしか見たことがない。たぶん当直制でたまたま報徳堂の活動日程と同じになっているだけなのだとは思うが、なんにせよ一晩中、たったひとりの監察医と助手2名(もしくは1名)でバンコクの現場を走り回っているようだ。監察医は体ひとつで動いているために1回死体の現場が発生すると、報徳堂のチームは監察医が到着するまでひたすら待たないといけなくなる。
 冒頭の事故でも夜中2時過ぎに発生し、監察医到着は5時過ぎだった。明らかな殺人事件の場合は現場には一切手を触れないようにするが、こういったクラッシュは監察医到着までに遺体検分をしやすいように搬出しておく。ただし、現在では監察医到着までは布を被せてプライバシーの尊守をしている。

車から遺体を運び出す。
車から遺体を運び出す。ちなみに、一番右が僕、高田です。

遺体を布に包んで搬送準備をする。
遺体を布に包んで搬送準備をする。


タイも死体は隠すようにはなったのだが

 以前は遺体は道路に寝かせっぱなしで丸見せだった。被害者の尊厳と遺族の感情やプライバシーを考慮するよりもマスコミに露出させることで集まる寄付金が重要だったのだろう。かつては「191」や「アチヤーガム」などのクライムマガジンと呼ばれるジャンルの雑誌が人気で、えげつない死体写真をこれでもかと掲載していたし、メジャー紙の一面トップにも死体が普通に載っているのがタイだった。昨今はプライバシーの侵害や読者層が好まなくなったことからそういった写真は掲載されなくなったし、現場写真も白黒反転かモザイクがかかる。「アチヤーガム」に至っては現在も出版されてはいるが、仏教イベントの記事がメインになっている雑誌へと変貌している。
 この事故で監察医を待っている2、3時間、我々は歩道に布を敷き、さらに遺体の上から白い布で全身を覆っていたが、発生現場が近所のパブの帰り道だったため、やじうまが後を絶たない。それでも「なにが起こったの?」と訊いてくる人が少数いるくらいで遠巻きに見て帰っていく。
 しかし、その中にいたひとりの、今風なギャルといった女の子がなかなかの強者だった。
「たぶん、この人、親戚です」
 なので、死体を見せてくれ、と言うのだ。布を被せているのにどうやって親戚とわかったのかというツッコミはせず、僕らは一言「どうぞ」と答えた。見たければ自分で布をめくってくれと伝えた。
 さすがにこの子はめくらずに帰っていったのだが、近代化の中で死体が隠されるようになったタイでも、一般人のモラルというか感覚はいまだこんなものなのだ。

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  1. 2014/11/25(火) 08:51:42|
  2. 報徳堂
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bangkokdayori

Author:bangkokdayori
●プロフィール
高田胤臣(たかだ たねおみ)
タイ在住ライター
報徳堂ボランティア隊ホアイクワン005

1977年東京生まれ
1998年初訪タイ。その後旅行で何度かタイを訪れ、2000年から1年間、ユニオン・ランゲージスクールに語学留学
2002年9月からバンコク在住
2004年11月から華僑報徳善堂にボランティア隊員として参加
2011年2月に彩図社より「バンコク 裏の歩き方』(皿井タレー共著)、2012年8月に同社より「東南アジア 裏の歩き方」を出版
現在はバンコクに編集部がある月刊総合誌「Gダイアリー」に複数の連載やほぼ毎月特集記事を、ウェブサイト「日刊SPA!」やバンコクの無料誌「DACO」にて不定期で執筆中

http://nature-neneam.boo.jp/

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